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【イベント開催報告】[流通小売/消費財業界向け] 2025 年 基幹システム移行によるビジネス変革
みなさん、こんにちは。ソリューションアーキテクトの松本です。本記事では、2025/04/15 に開催された、流通小売・消費財のお客様向けの基幹システム移行イベントの内容をお伝えいたします。
イベントの目的
市場の拡大や頻繁に変化する顧客のニーズに対応するために、流通小売・消費財業界ではテクノロジーを活用して組織やシステムの柔軟性を保つことが求められます。AWS クラウドへの移行はシステム基盤のコスト削減だけでなく、ビジネス側からの要求に短期間で応えられるようになることも含みます。コアビジネスこそ AWS に移行することでビジネスの俊敏性を実現し、企業の経営戦略に貢献できます。しかし、そのための障壁、変化へのリスクやレガシーシステムであること、クラウド人材の不足といったものからクラウド移行を躊躇される企業様を見受けるケースがあります。このイベントではそれらを乗り越えられた顧客事例をご紹介し、ビジネス変革へのチャレンジの参考にしていただくことを目的としました。
当日にご参加のお客様はクラウドへのリフト & シフトをご検討中である傾向がありました。
当日のアジェンダ
このイベントでは、ユーザー企業様に事例登壇をしていただき、パネルディスカッションでさらに取り組みを伺う構成にしました。
コーナン商事株式会社 佐々木 史人氏
コーナン商事株式会社 佐々木 史人氏からは、「事業の成長を支える基幹システムを中心としたオンプレミスから AWS へのシステム移行」と題してお話いただきました。
登壇内容のポイント
- オンプレミス環境でのデータ保持制限や高コスト、拡張性の問題が移行の契機となった。
- コストや基盤停止リスクの声に対し丁寧な説明を行い、専任部署を設置して円滑な移行を実現した。
- AWS移行後、データの長期保管や分析が可能となり、店舗情報の共有も効率化された。
コーナン商事株式会社様が AWS に移行する前のシステム課題として、既存のオンプレミスシステムが Solaris 上で構築されており、POS をはじめとする業務データを 1 年ごとに捨てざるを得ず、OS の将来性やディスク装置の拡張性に懸念がありました。また、開発コストが高いファイルベースの他システム連携や、Oracle や VMware を使い続ける場合の高いコストも課題でした。そこで、今後の事業拡大を見据えて、これらの課題を解決するために AWS への移行を検討しました。
移行にあたっての課題は、主に社内の抵抗感でした。特に、既存のオンプレミスのみを経験していたベンダーやシステム部門のメンバーからの疑念が強かったとのことです。これに対して、例えば従量課金でのコストの懸念に対しては、クラウドでは必要最低限のスペックで運用でき、コストを抑えられるという説明をされました。また、クラウドの突然の停止や遅延に対する懸念に対しては、オンプレミスでは全て自分たちで対処する必要があるのに対して、AWS なら基盤が自動復旧するので運用負荷を下げられることを説明されました。他にもセキュリティの確保や運用体制の構築といった対処によって社内の理解を得ました。
移行スケジュールは、2019 年から検討を開始し、移行は 2020 年 1 月から着手、2021 年 6 月には オンプレミスから AWS に切り替えました。移行後は、発注量の多い年末年始に OS レイヤーの設定起因で障害が起きたものの、その後は安定稼働を続けています。そして、AWS 移行ができたことでさらなる事業の成長に向けた、拡張性のある基盤を獲得できました。Amazon S3 を使ったデータレイクを導入し、データの無期限保管が可能になったことで、BI で長期間のデータを分析できるようになりました。また、データレイクから API 基盤を通じたデータ連携により、EC サイトやコールセンターでも 1 時間ごとの店舗在庫情報が参照可能になりました。
コーナン商事株式会社 佐々木 史人氏
クラウド化にあたっての振り返りとしては、システム部門と異なる専任部署を独立させて、これを主導したことで、大きなスケジュール遅延を回避し、システム部門の通常業務も維持しながら移行を進めることができたとのことです。また、移行準備期間中に有償の AWS セミナーに参加し、クラウドに関する知識を深めたことで、ベンダーとの円滑なコミュニケーションが可能になりました。一方で、社内でのクラウド人財をもう少し確保していれば知見がたまりやすかったことや、移行中の想定外のコスト増加に注意しておくと良かったことも述べられていました。
青山商事株式会社 石塚 正明氏
青山商事株式会社 石塚 正明氏からは、「基幹システムの AWS 移行から始まる DX への挑戦 〜決断から実践、そして未来への展望」と題してお話いただきました。
登壇内容のポイント
- 高額な保守費用と非効率な運用体制の改善のため、AWS への移行によるシステム刷新を決断した。
- 複雑な多層構造のシステムがネックだったため、ゼロベースの要件定義からの再構築を選択した。
- AWS 移行後、自社でのシステム理解が進み、データ活用や新技術導入への基盤が整備された。
青山商事株式会社 石塚 正明氏
青山商事株式会社様では、システム保守費用が小売業平均の 3 倍以上かかっていました。これは、複数システムに存在した類似機能、不明瞭なシステム構造、情報システムにかかわる償却や維持費用を積み上げてきたためでした。また、基幹システムがバッチ処理中心である一方、EC システムはリアルタイム処理が必要なため、在庫データを二重に持つなどの非効率な運用を強いられていました。こうした状況から、デジタル化を加速するには、最新のテクノロジーを拡充できる柔軟性と拡張性のあるインフラ環境を獲得した上で、シンプルかつリアルタイムに連携出来るシステムにマイグレーションすべきとの仮説を立て、クラウド環境への移行を前提に、システムのマイグレーションを進める決断をしました。他社クラウドと比較検討した上で保守性・柔軟性・技術者の多さ、そして 小売業からの発祥である点を踏まえて AWS を選定されました。
基幹システムは、メインフレームの COBOL で書かれたシステムを最下層として、その上に Solaris、Red Hat など異なる OS で作られたシステムが重なる多層構造であり、さらに EC システムは 古い OSS パッケージに機能拡張をしていました。しかし、前述した状況を打開し、時々刻々と変化する事業状態を営業、損益、顧客、そして商品視点で見える化するためには、根幹となる基幹システムと機能冗長が著しかった EC システムをシンプルなシステムにする必要がありました。そこで、既存システムベースでの置き換えは断念し、ゼロリセットで要件定義から開発を進める決断をされました。
青山商事株式会社様はオンプレミスの経験しかなく、はたして AWS で構築が出来るのかと不安がありましたが、AWS アカウントチームおよびパートナー会社からのサポートを受けながら社員のリスキリングを行いました。テスト工程時の環境設定等で様々なトラブルはありましたが、2024 年末に移行させることができました。
移行を完了した後に不具合が発生しており完全な安定稼働とは言えない状況ではあるものの、これまでシステムベンダーに丸投げしていた開発について、自社で中身を理解し、開発ベンダーと直接対話できるようになったことは大きな進歩であり、経営層にも世に言われる 2025 年の崖を乗り越えられたと理解を得られています。また、業務フローやデータの使われ方についての理解が深まり、社内にナレッジが蓄積されるようになったとのことです。
AWS に移行したことでデジタル化推進の基盤を整備できた青山商事株式会社様は、GenU という AWS の生成 AI アプリケーションの利用や Amazon Connect を活用したクラウドベースのコンタクトセンターの運用も行っています。また、アプリケーションのデータを Amazon S3 に蓄積できているため、今後はデータドリブンな経営ができるためのダッシュボードの作成や、OMO 戦略の加速によるシームレスな顧客体験の提供といった新しい取り組みに、AWS とのパートナーシップを活かして挑むとのことです。
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス 佐々木 哲哉氏
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス 佐々木 哲哉氏からは、「クラウドで拓く基幹システム革新と持続的変革への挑戦」と題してお話いただきました。
登壇内容のポイント
- モノリシックな基幹システムの技術負債と外部依存が経営リスクとなり、クラウド移行を決断した。
- 一挙に移行したときの失敗を踏まえて段階的に移行してコストを削減し、経営層への可視化と理解促進に成功した。
- 現在は経営戦略と連動したIT戦略として、クラウドネイティブな組織・システム変革を推進している。
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス 佐々木 哲哉氏
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス様の基幹システムは、EC とリアルな顧客接点を統合し、商品企画から出荷、会計まで一気通貫で支える集中型のモノリシックな構成となっていました。そのため、システムの変化への対応力が著しく低く、アーキテクチャの進化に追従することが困難でした。また、外部ベンダーへの依存度が高く、エンジニアの外注単価の高騰やシステムのブラックボックス化もあり、基幹システムが大きな技術負債となり経営リスクとなっていました。このような課題を放置していると、顧客体験の質も向上せず、外部サービスとの連携も遅れ、企業の競争力を損なう恐れがあると判断し、クラウド移行を決断されました。
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス様の AWS 移行は 3 つのフェーズに分けられます。第 1 フェーズでは、2018 年から2019年にかけて、業務とシステムを同時にシンプル化する次世代システムの再構築に挑戦しましたが、この取り組みは頓挫しました。失敗の主な要因は、業務のシンプル化が実現できなかったことによる膨大なコストと長期の開発期間のために事業の戦略案件との同時並行が実現できなかったことでした。また、関係者の意識改革や組織文化の変革が不十分だったこと、経営者の意思決定に必要な具体的な成果や実現可能性を十分に示せなかったことも大きな要因であったと述べられていました。
第 2 フェーズでは、2022 年までにクラウドリフトとリファクタリングによる段階的なクラウド移行を実施しました。このフェーズでは、システム環境の変化による成果を数値で可視化することに重点を置きました。例えば、EC サイトでは受注数が 5 分間で 5 倍以上に跳ね上がるような急激な負荷変動が発生しますが、オンプレミス環境では常時 2 倍の余剰リソースを確保する必要があった一方、クラウドでは必要な時だけリソースを確保できる柔軟性を経営者にも分かりやすく説明されました。クラウドの柔軟性を利用して、オンプレミスよりも少ない費用と短い時間でシステム復旧できることも説明されました。また、一部のシステムではサーバーレスアーキテクチャを採用して機能のリファクタリングを行い、事業戦略案件も実現しました。結果として、移行前と比べて 30% のインフラコスト削減、18% の開発コスト削減、リファクタリングしたシステムは 50% のインフラコスト削減を実現できました。
現在の第 3 フェーズでは、クラウドに移行したシステムのアーキテクチャ刷新に取り組まれています。これは単なる IT システムの変革ではなく、経営戦略と連動した IT 戦略として位置づけられています。具体的には、クラウドネイティブに特化した内製開発組織の構築、システム全体のアーキテクチャ刷新、IT ガバナンスの確立など、「ヒト・モノ・カネ」の各側面から変革を進めています。特に為替変動の影響でクラウドコストが上昇する中、単純なリフトにとどまらず、クラウドネイティブなアーキテクチャーへの移行を通じて、より本質的な変革を目指しています。具体的には開発スピードを 1/2 に、システムコストを 1/3 に抑えることを現実的な目標として進めています。
成果を可視化して経営層をはじめとする組織を味方につけ、組織の成長に合わせた段階的な移行を行い、経営戦略と IT 戦略を連動させるまでに至るステップを踏めているとまとめられました。
パネルディスカッション
各社様の登壇の後、パネルディスカッションを行い、システム移行の実態と今後の展望についてご紹介いただきました。
発言内容のポイント
- 移行前は基幹システムの再構築範囲や方法の判断に苦心した。
- 移行中は各社で人材育成とシステム理解に重点的に取り組んだ。
- 移行後はコスト最適化とデータ活用による価値創造を進めている。
移行前の段階では、各社とも経営層の理解を得ることに大きな苦労はなかったものの、具体的な移行方法の検討で課題に直面しました。特にコーナン商事株式会社様では、COBOL、Oracle、Solarisを使用したバッチ処理主体の基幹システムの機能群をどこまで移行するか、また作り直すかの判断に苦心されました。しかし、最終的には、将来の人材確保のしやすさを新しい技術での再構築を決断しました。
移行作業では、各社それぞれに特徴的な課題がありました。青山商事株式会社様では、現行システムにこだわらずゼロベースでの見直しを実施されました。その中で、古いシステムの多重構造テーブルの解析やシステム間インターフェースの理解に時間をかけられました。また、自社のプロジェクトメンバーの皆さんは AWS から提案を受けたトレーニングの受講や、プロジェクトマネジメントの方法を学び、移行プロジェクトの中で実践されました。学びに時間をかけることそのものが投資であったと述べられました。株式会社ポーラ・オルビスホールディングス様では性能テストでの課題をエンジニアの迅速な対応で克服し、マネージドサービスの活用で開発コストの削減に成功されました。また、コーナン商事様では Oracleから PostgreSQL への移行作業において、SQL の変更や新しいエンジンの学習に取り組まれました。
移行後は、各社ともコスト最適化に取り組んでいます。例えばコーナン商事株式会社様では、AWS Cost Explorer や AWS 請求コンソールでの料金の定期チェック、Amazon EC2 リザーブドインスタンスの活用、不要リソースの削除など、きめ細かな対策を実施されました。また、青山商事株式会社様ではシステムの内部構造を自社で理解・管理する体制が確立し、株式会社ポーラ・オルビスホールディングス様はクラウドネイティブなアーキテクチャにすることでビジネス側の要求に応えられやすくなり、IT メンバーが成功体験を得られたことなど、組織のレベルアップにも取り組まれました。
今後の展望として、各社ともクラウドを活用した新たな価値創造を目指しています。青山商事株式会社様はシステム間連携の API 化を進め、データドリブンなビジネスモデルへの転換を図り、株式会社ポーラ・オルビスホールディングス様は例えば顧客の声の分析のように、消費者の多様なニーズへの迅速な対応を目指しています。コーナン商事株式会社様は、データレイクを活用した他システムとの連携強化や、店内での顧客向け商品探索サービスの提供を計画されているとのことです。
クラウド移行を単なるシステム基盤の刷新にとどめずに、ビジネス変革の重要な契機とされていることがわかりました。
お客様の声
本セミナー全体の CSAT(お客様満足度)は、4.66 / 5.0 となり、参加されたみなさまにご満足いただけるものであったと考えております。参加者からは、「各社の苦労話が聞けてよかった」「どの企業様も人材の育成に力を入れていることが印象に残った」といった感想をいただきました。
最後に
今回、ご登壇くださった、コーナン商事株式会社 佐々木 史人様、青山商事株式会社 石塚 正明様、株式会社ポーラ・オルビスホールディングス 佐々木 哲哉様 には心から感謝を申し上げます。各社のチャレンジや苦労を乗り越えた先に、ビジネスへの貢献ができていることは、参加された多くの企業様にとって参考になり、クラウド移行の動機を強めることになったと思います。また、本イベントの内容がみなさまのシステム移行の取り組みの一助となれば幸いです。