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【イベント開催報告】[流通小売/消費財業界向け] 経営の未来を左右するデータ基盤 最新技術の潮流に乗るステップ

みなさんこんにちは。ソリューションアーキテクトの中島です。 本記事では 2025/04/17 に開催された小売・消費財のお客様向けのデータ分析基盤イベントの様子を皆様にお伝えさせていただきます。

イベントの目的

本イベントは「データ分析を始めたいが、まず何から始めたらいいのか分からない。」「データ分析業務を進めているが技術だけでなくさまざまな障壁があり苦労している。」というお客様の声にお応えすべく企画されました。

そのため、以下 2 つを主題としてイベントを実施しました。

  • 先行企業の経験からデータ活用の実践方法を学ぶ
  • データ活用アイデアソンの結果をお持ち帰りいただきデータ活用の第一歩を踏み出していただく

また、本イベントは AWS ではなくお客様の事例登壇が主体であるという点もユニークです。

当日のアジェンダ

このイベントでは前半にユーザー企業様の事例登壇をしていただき、後半それをインプットにダッシュボードを描いてみるという構成になっておりました。 それでは以降詳細をご共有いたします。

大丸松坂屋百貨店 林 直孝氏 「カスタマーデータドリブン経営の勘所」

デジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれる現代、実際の現場ではどのようにデータを活用し、ビジネス変革を進めているのでしょうか。大丸松坂百貨店 林氏による講演から、J.フロント リテイリンググループがどのようにデータドリブン経営に取り組み、成果を上げているかをお伝えします。


大丸松坂屋百貨店 林 直孝氏

J.フロントリテイリングの事例から見えた小売業におけるデータドリブン変革の重要ポイント

  1. データ活用の目的を明確にする(顧客のライフタイムバリュー最大化)
  2. グループ内の壁を越えてデータを統合し、顧客理解を深める
  3. データ活用のためのフレームワーク(DAPCサイクル)を構築する
  4. 実践を重視したデジタル人財育成プログラムを展開する
  5. 技術とともに「マインドセット」の変革も推進する

戦略

J フロントリテイリング (以降、JFR) 様は大丸松坂屋百貨店様と PARCO 様を擁する持株会社として、「価値共創リテーラー」を目指しています。同社の DX 戦略は単なるデジタル化ではなく、従業員体験 (EX) と顧客体験 (CX) を向上させることに焦点を当てています。

JFR 様では若い世代のお客様から支持の高い PARCO と幅広い年齢層向けの大丸松坂屋という異なる業態を持つ強みを活かし、顧客のライフタイムバリューの最大化を図っています。

データ活用の原点

データ活用の原点となったのは、PARCO での興味深い顧客行動の発見です。データ分析により、複数のショップを利用する顧客の方が、単一ショップのみの利用者よりも翌年の再来店率が高いという事実が判明しました。この発見は PARCO と大丸松坂屋の双方をご利用になるお客様の方が、どちらか一方を利用するお客様よりも LTV が高いお客様ではないか?という仮説につながり、実際にデータ分析を行いそれが実証され、グループ間データ統合の重要性を示す根拠となりました。

グループデータの統合と活用

ライフタイムジャーニーに寄り添ったお客様固有のサービスを提供していくことが重要であると考えられているため、世代ごとに利用の違う PARCO・大丸松坂屋百貨店、両社のアプリ等から収集したデータを統合し分析する環境を構築されていました。これにより、お客様のライフステージに応じた長期的な関係構築が可能になっています。

DAPC サイクルとデジタル人材育成

データ活用を組織的に進めるため、JFR グループのパルコでは「DAPC サイクル」を回すことで組織としての CRM を実行していました。

JFR グループとして複数の事業会社のデータを活用してこのサイクルを回すための課題の一つとしてグループ共通のデータを駆使できるデータアナリストやデジタルデザイナー人財の育成が必要でした。 JFR では 2022 年から本格的なデジタル人財育成プログラムを開始し、2030 年までにグループ内で 1,000 名のデジタル人財育成を目標に掲げています。このプログラムの特徴は、徹底した実践重視のアプローチです。受講者は実際の業務データを使用し、3 ヶ月間で約 50〜60 時間のカリキュラムを受講します。プログラム中に作成したダッシュボードなどのツールは、修了後もそのまま業務で活用できます。また育成されたデジタル人財は後続メンバーの育成にも関わり、組織全体のデジタルリテラシー向上に貢献しています。

技術スキルだけでなく、「完成度が 60% でもまずやってみる」「スピードを重視する」などのアジャイルなマインドセットも重視されています。独自の「花伝書」を作成し、デジタル文化の定着を図っています。

データアナリスト育成講座の卒業生の手で「JFR グループ データ活用ポータル」が構築され、現場での意思決定に活用されています。コア人財の育成と現場への還流によって、DAPC サイクルも機能しはじめました。

まとめ

大丸松坂屋百貨店様のご登壇は、小売業におけるデータ活用の重要性と、それを実現するためのテクノロジー・組織・人財の三位一体の取り組みの重要性を示されていました。特に、AWS 基盤を活用した統合データ基盤の構築と、それを活用できる人財の育成に注力している点は、多くの企業様にもご参考になると思います。

オイシックス・ラ・大地株式会社 中野 高文氏 「食の課題をデータで解く 〜ゼロから構築した分析基盤と成果〜」

オイシックス・ラ・大地(以下、オイシックス)様のご登壇では、実際にビジネスインパクトを出すための実践的なデータ基盤構築と活用のアプローチが示されました。ご登壇では、同社がデータ活用を進める中で直面した課題とその乗り越え方をご紹介いただきました。


オイシックス・ラ・大地株式会社 中野 高文氏

オイシックス様の事例から見えたデータ基盤導入を確実に前に進めるための重要ポイント

  1. 活用テーマ: ROI 説明可能なテーマから着手する
  2. トップダウン: 経営層の巻き込みが成功を後押し
  3. ボトムアップ: 現場の知見が DWH 品質を決める
  4. 内製化: 改善スピードを担保するためには不可欠
  5. アジャイル: 完璧を目指さず使いながら育てる

データ基盤導入の壁

データ活用を成功させる上での課題を 4 つ挙げていただきました。まず、データ基盤構築には高額な投資が必要ですが、具体的な ROI が見えにくく経営層の承認を得るのが困難です。また、データに関する経験不足から判断に自信を持てない経営層も多くいます。次に、システム側が作ったツールが現場のニーズに合わないという事業部とデータチームの連携不足があります。データ基盤はビジネスナレッジの塊であり、現場を理解せずに構築することはできません。さらに、一度構築したデータ基盤は放置すると品質が劣化するため、継続的な監視と改善が必要です。最後に、最初から完璧な設計を目指すウォーターフォール型アプローチよりも柔軟な対応が必要で、初期は外部パートナーの活用が効率的ですが、長期的には内部人材の育成が重要です。

Data Cuisine によるデータ活用の成果

こうした課題を解決しながら、オイシックス様は AWS サービスを一気通貫で活用するアーキテクチャを選択し、Data Cuisine を構築されていました。既存システムとの連携のしやすさ、サービス間のオーケストレーションの容易さ、複数クラウド管理の負担回避が主な理由です。

オイシックス様ではデータ基盤の構築により複数の重要な成果が得られました。まず業務効率が劇的に改善され、データアナリストが手作業から解放されて本来の分析業務に集中できる環境が実現しました。この変化は単に作業時間の短縮だけでなく、専門人材の職場満足度向上にも大きく貢献しています。次に、構築したデータ基盤は販売計画システムの中核として組み込まれ、過去実績に基づく計画立案、在庫数決定などの重要なビジネスプロセスを支えています。さらに、経営層が気にする売上に貢献する形で、様々な販売チャネルでパーソナライズされた商品提案が可能になりました。

5 つの成功ポイント

オイシックス様が先述の課題をどのように乗り越え、データ基盤構築を成功させたか 5 つのポイントを発表くださいました。

1. 活用テーマを先に決める: 「完全なデータを集める」には膨大なコストと時間がかかるため、まずビジネス目的を明確にしました。オイシックス様では「生産者とお客様のマッチング」と「需要予測」を優先テーマとし、そこから必要なデータを特定しました。これにより効率的な基盤構築が可能になりました。単なる生産性向上だけでは ROI が見えづらいため、具体的なビジネス価値と紐づけることが投資説得にも効果的でした。

2. トップダウンでの推進: 大規模プロジェクトには経営層の継続的サポートが不可欠です。オイシックス様では事業部門とシステム部門両方の執行役員の協力を得て推進しました。プロジェクト途中で経営体制が変わり支援者がいなくなった時期は苦戦したため、経営層が交代しても継続的に支持されるよう、定期的な成果報告と次の展望を示し続けることが重要でした。

3. ボトムアップでの巻き込み: オイシックス様では事業部兼務のデータアナリストとエンジニアを配置し、日々の業務から得られる現場の声を直接システムに反映しました。例えば「この受注データは除外すべき」「この数値は別ロジックで計算する必要がある」といった現場特有のルールを把握できたことがシステムの実用性を高めました。また、一度構築したら終わりではなく、日々発生する新しいデータの品質維持にも現場の協力が不可欠だという認識が重要でした。

4. 内製化の推進: 初期段階では社内にスキルを持つ人材がおらず、パートナー企業に依存していましたが、段階的に内製化を進めました。経験からわかったのは、パートナーは初期構築には有効でも、ビジネス特有のドメイン知識が必要な改善や、日々増加する要求への迅速な対応には内部人材が不可欠だということです。データ基盤が活用され始めると、事業部からのリクエストが急増しますが、その多くはビジネスコンテキストの深い理解が必要なため、継続的に内製化を進めてきました。これにより変化するビジネスニーズに素早く対応できる体制が整いました。

5. アジャイルな進め方: 実際にデータ基盤を使い始めてみると要件が次々と変わることに気づきました。そこで、小さな価値を早期に提供しながら改善を繰り返すアジャイルアプローチに転換しました。また、一から完璧に作るより、既存ロジックを継承しつつ徐々に改善する方が、現場の混乱も少なく効率的だったという教訓を得ています。

まとめ

オイシックス様が目指す「こだわりの生産者とお客様をデータでつなぐプラットフォーム」の実現には、数々の課題がありました。しかし、明確な目的設定、経営層の巻き込み、現場との協働、内製化推進、アジャイル開発という 5 つのアプローチで乗り越え、データ基盤をビジネスの中核に据えることに成功されています。これらの知見は、同様の課題に直面する多くの組織にとって参考になるでしょう。

データ活用アイデアソン

「事例講演を聞き参考になった」、「データ活用に課題感を持っている」お客様にデータ活用の一歩を踏み出していただくべく、現状の課題を仮説し、ダッシュボードのスケッチを描くアイデアソンを実施いたしました。

データ活用アイデアソンはご説明を含めて 70 分 で実施しました。

実質的なワークは上記 1, 2 にあたる個人ワーク (50分) でしたが、この短い時間でも 20 以上のダッシュボードのアイデアが生まれました。 短い時間にも関わらず、ご参加いただいた方全員がダッシュボードを描くことができたのは、皆様の集中力と前向きに取り組んでいただいた結果だと思います。

グループワークでは皆様のダッシュボードの見どころを 1 分 という短い時間でご共有いただき、懇親会での決勝戦に進むアイデアを選定いただきました。私はグループを回らせていただき皆様のアイデアを拝見いたしましたが、どのアイデアも素晴らしく甲乙つけ難かったかと思います。

懇親会 (アイデアソン決勝戦)

懇親会ではユーザー企業様同士でネットワーキングしながらダッシュボードに投票していただくワールド・カフェ形式で実施しました。「このアイデアのいいところはなんだろうか」とユーザー企業様同士で会話しながらワイワイと投票していただきました。

ユーザー企業様の投票で決める「お客様賞」には株式会社 PALTAC 村田さんが選ばれました。おめでとうございます! 村田さんの勝因は「日頃から事業部側と会話することが多い」とのことでした。 事業部の課題感をしっかり捉えたダッシュボードがユーザー企業様の心を掴んだ結果となりました。

また、AWS メンバーの投票で決める「AWS 賞」にはクオール株式会社 北嶋さんが選ばれました。おめでとうございます! 北嶋さんは「日頃からデータ分析を業務としており、今回は目的に合わせてどれだけシンプルにできるかを心がけた」とのことでした。 シンプルかつ効果的なダッシュボードが AWS メンバーを唸らせた結果となりました。

お客様の声

本セミナー全体の CSAT (お客様満足度) 4.52 / 5 となりご満足いただける内容になったのではと一安心しております。ユーザー企業様登壇では「他社事例が大変勉強になった」「リアルな内容で良い時間になった」と嬉しいお声をいただいています。またアイデアソンについては「色々な方のアイデアが見れて良かった」「もっと時間が欲しかった。今回は複数社合同だったが自社のみでの開催も可能か?」とイベント後にも活用いただけそうなお声をいただき大変嬉しいです。

最後に

ご登壇くださった大丸松坂屋百貨店 林氏、オイシックス・ラ・大地 中野氏に心より感謝申し上げます。お二方の素晴らしいプレゼンテーションは、多くの企業様に勇気と情熱を与えるものでした。また、3 時間という長時間にも関わらず、懇親会まで積極的にご参加いただいた皆様にも御礼申し上げます。本イベントが皆様のデータ活用の一助となれば幸いです。

これからも、AWS 小売・消費財チームはユーザー企業様間の情報共有・議論の場をご提供し、1 つでも多くのお客様ビジネス課題の解決をご支援させていただく所存です。今後ともご期待ください!


著者

中島 佑樹 西日本の小売・消費財のお客様をメインで担当するソリューションアーキテクト。社会人博士を修了したことをきっかけに AIML を得意分野としている。Amazon Bedrock Agents の BlackBelt や Blog を執筆。